命の儚さ

一瞬で失われる命
ここ数年 命の値が失われつつある事をひしひしと感じています。人間の思いどおりに家畜の体質を変え食べ易いように 安価に 美味しく頂いてきた付が口蹄疫だったり 鳥インフルエンザの発生につながったのではないか、知識がなく小心者の私には恐怖心が湧いています。

命の大切さを表すには、亡くなる『もの』への思いやりが大切と考えます。
豊富な食材に加工して賞味期限が過ぎれば廃棄していく
 ・食材となる家畜達 命を持ってるのでしょうか

大自然の中では命のやり取りが行われていますが、節度ある命の引き継ぎがなされているように思います。
無秩序な生産行為によって命の存在が見失われ、人の命も軽視され 通り魔殺人など意味不明な事件が起きる一要素となっているようにも思います。
自分にもどうにもできない罪人ですが。
(余った食材を飢えに苦しむ人達に提供できるシステムができ、需給バランスのとれるシステムができるようなIT時代のように思いますが)

3月11日午後2時46分
いつもの高齢者クラブでフルート演奏の慰問を終え最後の言葉で災害はいつ来るかわからない。まずは、自助ですよと災害・防災ボランティアこうふの代表をしている私の経験を話して2時30分に会場を後にしました。
その16分後に大きな揺れ、頻繁に感じている有感の地震 どこで揺れたかな の感じ。
これほどの災害になるとは誰もが思わなかったと思います。 
・震災で亡くなった多くの方々へ心から哀悼の意を表し、社内でも翌日の朝礼で黙とうを捧げました。

もう戻る事のない命、この世 残るもの・残されたものがどの様にしたなら故人に哀悼を示す事ができ、その思いが自分に納得いく行動になるのであろうか?

すべてが自分の内面にあり、思いの大小はそれぞれ違う いずれにしても現実を直視して労わる姿勢そして今後に生かす故人以外への慈しみを表現する姿勢が大切のように思います。

表現の仕方は、それぞれの立場によって異なりますが。
石の声では、日頃からその表現をして欲しいと石屋のできる、ご遺族への提案が『供養の窓』です。
多くの方に石の声の思いを伝えようと思っています。

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